靴総研の目標と歩み

NPO法人靴総合技術研究所は、2003年以来、ドイツ整形外科靴製造マイスター(オートペディー・シューマッハー・マイスター/OSM)カール=ハインツ・ショットに直接学んだ技術者を中心に活動を継続しています。

私たちの目標は、ショットから学んだ技術によって、日本人一人一人に「足の保健に役立つ靴」を提供し、歩行が困難な方達だけではなく、広く市民の健康増進、障害者の権利擁護等々に、貢献することです。

私たちは、「外反母趾で履ける靴がない」「膝が痛くて歩くのが辛い」等々、多くの日本人が抱える足や膝のトラブルに対処できる靴から、「リウマチのため医師の指示で装具を作ったが痛くて歩けない」「麻痺のため、身障者手帳で装具を作ったが歩きにくい」等々の病気や障がいでお困りの方たちに「靴型装具」として対処できる靴まで、病気や障がいの有る無しに関わらず、また老若男女に関わらず、靴を必要とする全ての日本人が、私たちの靴技術で提供できる「足の保健に役立つ靴」を履かれ、お一人お一人の生活が向上することを願っています。

靴総研は、私たちの願いを理解してくださる多くの人たちの協力に支えられ、目標に向かって着実に歩みを進めています。

ドイツ靴ブームの中で、別の道へ

靴総研が活動を開始した当時は、カール=ハインツ・ショットが来日した1980年代とは異なり、90年代を通して「日本人の足と靴の問題性」が顕在化し、それへ対処できる靴として「ドイツ健康靴」が一大ブームになっていました。

そして、ドイツ靴の普及とともに、それを担った輸入業者によるマイスターの招聘を伴ったドイツ整形外科靴技術の紹介が積極的に行われ、デパートの靴売り場でも「マイスターがいる工房を備えたドイツ靴販売コーナー」が珍しくないほどでした。

ドイツ本国のメーカーも日本を新規大市場と期待し、日本向けの生産を本格化させ、健康靴だけではなく多様なメディカルシューズも大量に輸入され、ショットが、来日当初何もない日本で、日本人のために「ショット・シューズ」を開発したころとは様変わりしていました。

そのような、「ドイツ整形外科靴技術の提供はドイツ靴で」というのが「当たり前」の状況の中で、ショットから学んだ技術を本当に日本に普及させていくためには、「ドイツ健康靴による足のトラブルへの対処」だけでは限界がある、という問題意識を持った有志によって、靴総研の活動は始まりました。

それは、まず第一に、「ドイツ靴」に依存する限り、いくら多様なものが輸入されているとは言っても、その時々の輸入業者の都合に左右される以上、個々のトラブルに対して必ずしも最善の靴で対処できるわけではなく、本来のショットの技術を活かしきれていない、との反省によるものでした。

そして、もう一点は、当時は、「医師や患者のニーズに合った靴型装具が提供されるチャンスはむしろ稀」(※)という医療・福祉現場の実情を背景に、既存の「靴型装具」よりもドイツ靴の方が利用者の満足度が高いことから、輸入健康靴が「補装具交付基準」(※※)と乖離したまま「靴型装具」として容認されることになっている現状への危惧からでした。

  • (※)川村一郎「我が国の整形外科靴支給制度の現状と問題点」『日本義肢装具学会誌』Vol.9 No.3 1993 所収。
  • (※※)厚生(労働)省告示の「補装具」に関する価格基準。法律の変更に伴い「基準」の性格も変わったが、当時も現在も、「補装具」としての「装具」は、「靴型装具」も含め全て個人用に個別に製作されることになっている。

このような現実に対して、それぞれの技術者が「ショット・シューズ」やドイツ輸入靴で日々の業務を遂行しつつも、同時並行して、上記の2点に関しての対処を行わなければ、ショットから学んだ技術を「継続して日本人の足のために活かし続ける」ことはできない、との共通認識のもと、

  1. 自分たちが提供できる技術のために必要な靴が、いつでも入手できるように自前で開発・生産する、
  2. 加えて、公費支給の「靴型装具」として提供する靴は、既製靴の転用ではなく個別に製作しても事業が成り立つシステムを構築する、

という、二つの課題を靴総研として設定することになりました。

そして、その課題に取り組んで20年、幸い、多くの理解者、協力者に巡り会うことができ、着手後5年にして国産第1号の開発・生産が始まり(2008年)、それ以後、ドイツ輸入靴を使わずに、自前の靴を日々検証、改良しながら提供することで、多くの利用者に喜ばれるとともに、患者への対応に苦慮していた医師たちからも高い評価を得て、今日に至っています。

また、補装具基準に準拠した個々人に対して個別に生産する「靴型装具」としての提供に関しても、国産化に伴い順次開発される多様な基準靴をベースに、必要に応じて提供が開始され、着手後10年を待たずに供給体制が整い(2012~13年)、今日では、障がい者、罹患者のための多様な「靴型装具」として提供されています。

「靴型装具」として求められて

私たちとは全く関係のないところで、近年、「既製品の転用」などの「靴型装具」をめぐる「不適切」問題が話題になっていますが、私たちにとっては「今頃になって何を言っているのか」との思い以上の感想はありません。

私たちが、カール=ハインツ・ショットから技術を学びつつ常々感じていたことは、外反母趾等に多い、歩き方や靴が原因のトラブルへの対処はともかくとして、リウマチによる変形や痛み、各種の麻痺による歩行困難といった、明らかに足部の疾患や障がいによる症状への靴による対処が、医療専門職である義肢装具士によって充分になされていないにも関わらず、一向に改善されないのはなぜなのか、という事でした。

ある人たちからは「技術そのものが日本にはない、だからドイツの技術でやらなければ」と言われ、また、前出の川村氏のように、義肢装具士の立場からは「良いものを供給しようとしても、厚生省の交付基準では作れない、まともに作るには二倍の費用がかかる」と言われていました。

また、義肢装具士法の制定経緯に詳しい医師からは、技能資格と許可資格とを一体的に制度化できなかったのが問題で、技能取得は自己研鑽でというのでは、靴に限らず面倒なものへの挑戦は難しい、との話も聞いていました。

私たちは、いずれにも一理あるのだろうとは思いましたが、当時の私たちとしては、ショットが「日本人のために」自ら開発した「ショット・シューズ」やドイツで選定してきた靴を使い、ショットから学んだ技術で加工すれば、軽度なトラブルはいうまでもなく、「どこで装具を作っても履けない」という変形や麻痺で悩んでいる方達にも、かなりの程度に対処できることから、そのような障がい者や罹患者の方達に対しても、当然のこととして「靴」の提供を行っていました。

ところが、そのような靴を「本人が満足し、希望しているのだから」との理由で、更生相談所の判定員が「靴型装具としての見積書」を作成するように要請・指導するという事態が現実化する中で、補装具の基準では「靴型装具」とは言えない「加工靴(補正靴)」を「靴型装具」として提供することになったのです。

私たちがショットから学んだ靴の技術は、障がいや疾患がある人もない人も、痛みがある人もない人も、誰もが日常生活で長く歩き続けられる靴を提供する技術ですから、義肢装具士法が想定している「超早期リハビリテーションのために手術直後の患者に提供される補装具」などの製作のように、患者に危害が及ぶ可能性のある医行為(※)に該当する業務を行う必要はありません。

  • (※)「医行為」とは、「医療及び保健指導に属する行為のうち、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」とされ、この行為の中で、医師の指示があれば、看護師等の有資格者なら行える行為のことを「診療の補助」と法律で規定している。
    「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」に該当する業務でない限り、日本においては、誰が行っても良いことはいうまでもない。

それがわかっているから、更生相談所の判定員も、医療に関わる有資格者でない私たちに「靴型装具」の提供を要請することになったわけで、私たちが私たちの技術で、障がいや疾患のある方達の要望や、医師の要請にしたがって、私たちの靴を「靴型装具」として提供することが義肢装具士法はもとより、どのような医療関係法にも抵触しないことは明らかなことです。

しかし、身体障害者福祉法に規定される補装具の一つである「靴型装具」の提供に際しては、厚生省告示の基準に従うこととされている以上、障がい者、患者の権利を優先した福祉行政現場での現実的判断によるものであるとしても、私たちとしては、私たちの靴を「靴型装具」として提供し続けるのであれば、基準からの逸脱を放置し続けるわけにはいきませんでした。

もちろん、当時の実情は、私たちの靴の実際の価格を確認した判定員の指示で、その額での「見積書」を作成するわけですから、その価格が「受託報酬額」として「不適切」だったわけではありませんが、それにしても靴自体が、交付基準の規定する「靴型装具」のように製作されたものでないという現実に目を瞑るわけにはいかなかったということです。

そこで私たちは、私たちの提供する靴を「靴型装具」として必要としている方達の要望に応えるために、補装具製作基準との乖離を避けて供給できるシステムの構築に取り組んできましたから、今では、私たちにとっては既製靴を「転用」する必要はなくなりました。

しかし、20年前には私たちも、更生相談所の要請で既製靴を靴型装具として提供していたわけですから、「既製品を転用した靴型装具」が今も提供されていても、それ自体は驚くことではありませんし、昨今話題となった「義肢装具士が既製靴をオーダーメイドの靴型装具と称して提供している」というような「不適切」な事態が長年放置されていたとしても、それはそれで、そのようなこともあるのか、という程度の、全く別世界のことでしかありません。

カール=ハインツ・ショットから学んだ技術

私たちがカール=ハインツ・ショットから学んだ技術は、誤解される方も多いのですが、靴作りの技術ではありません。

それは、高度な製靴技術で靴を作る前に、十人十色、百人百様に異なる足・脚の状態、さらには個々人の全身の状態、生活環境までを考慮した、その人にとっての最良の歩行が実現できる靴をイメージできる能力でした。

まさに、一人一人の顧客の実態を把握し、その人の歩行に最も適合する靴のありようを構想し、現にある条件を最大限生かしてその実現に可能な限り近い靴を製作するための方途でした。

既製の靴を使うのであれば、それの特徴を踏まえ、どこをどう改造するのか、また、個別に製作するのであれば、どのような素材をどのように組み合わせ、どのような形状に加工するのか、等々を、「靴の完成」を目指してというよりも、一人一人の顧客の「実情の改善」を目指して、具体的に構想できる技術の伝授でした。

ショットは、自分はシューマッハーマイスター(靴製作者マイスター)ではなく、オートペディシューマッハーマイスター(整形外科靴製作者マイスター)だから、靴製作の技術自体は教えない。もちろん自分たちは靴を作ることができるが、自分が教えるのは、オートペディシューテクニーク(整形外科靴技術)だと言い、その核心は、実際の靴製作にかかる前のソフト技術とでもいうべき技術だから、「靴のことを考える前にまず足を見よ」と言っていました。

もちろん私たちは、ショットから靴に関する知識も技術も数多く学びましたが、それは、靴自体の製作技術ではなく、一人一人の顧客にとっての最良の歩行が実現できる靴をイメージできる整形外科靴技術としての学びであり、習得した製作技術も靴そのものに関してではなく、一般の靴には想定されていない整形外科靴特有の要素に関する内容に限定されていました。

そこで学んだ靴についての知識は、いわば、それを生かした靴がどのような靴であるのかを理解するための知識であり、靴自体の製作技術を身に付けるためのものではありませんでした。

ショットに言わせれば、その上で、自分で靴も作りたいのであれば、改めて靴作りに必要な設備を導入して訓練を行えば良いし、整形外科靴技術者に徹するのであれば、腕の良い製靴技術者に依頼して指示通りの靴を製作してもらい、それを自分の技術で整形外科靴として完成させれば良い、ということのようでした。

私たちは、その教えに基づいて、自分たちの研鑽を積むと同時に、ドイツとは異った「足と靴」を巡る環境の中で、多くの心ある理解者の協力を得ながら、ショットから学んだ技術で、一人一人の歩行に最良の靴を提供するためのシステムを、日本の現実に適合させながら構築してきました。

シューマッハーマイスターとの出会い

カール=ハインツ・ショットから学んだ技術を、ドイツ靴に依存することなく生かしていくためには、何よりも、それに代わる靴を自前で開発・生産することが、私たちの最大の課題でした。

それは、多様なドイツ靴の機能性を了解し参考にしつつも、何よりもショットから学んだ知識と日々の顧客への対処の経験から、JIS規格に基づく標準木型とは全く異質な、その意味では「特殊な木型」を多様に開発し、それらによって私たちにとっての「標準靴」を、それも多様な機能性に対応した多様なデザインで製品化することで達成されてきました。

それらの標準靴は、私たちが「足の保健靴」と呼んでいる「日本人の足の健康のために、誰にでも履いてもらいたい靴」から、強度の変形に対応するためのものや、麻痺などの機能障がいに対処できるものなどの、極めて特殊な多様な靴まで、それぞれの機能性に対応して、それぞれの基準となる靴です。

その標準靴=基準靴こそが、ドイツにおいては、マイスターのために整形外科靴業界から供給されている、マイスターが、個別の整形外科靴として完成させるための「半製品」(これらの一部が「メディカルシューズ」として日本にも輸入されている)に対応するものです。それを、もちろん、ドイツのような多様性は望むべくもありませんが、少なくとも、必要最小限については製品化することができてきたということでした。

これらが製品化できれば、市販の既製靴への加工とは異なる、それぞれの機能性を有した「半製品」への加工による個別対応靴の供給が実現することになりますが、私たちにとってもう一つの重要なことは、この標準靴の生産体制が整えば、それぞれを基準に一人一人の個別性に応じて修正を加えた靴を、個別に生産することが比較的容易に可能になるということでした。

もちろん、そのためには、標準靴そのものが、日々、検証され、修正され、多様化されていかなければならないのは当然ですし、その標準靴を個別の指示にしたがって修正し、個人用にカスタマイズされた靴として個々に生産できる技術者の存在が不可避であることは言うまでもありません。

つまり、私たちがショットから学んだ技術を具現化するためには、まず、私たちの求めに応じて多様な標準靴を精緻な製靴技術で開発・生産し、加えて、標準靴をベースに個別の指示に従って個人用にカスタマイズされた靴を製作できる、単に製靴技術を有しているというだけではない、高度な技術と生産設備を有した製靴企業の協力が不可欠だったと言うことです。

その意味では、私たちの事業が「絵に描いた餅」から現実のものとなったのは、私たちのイメージ通りの靴を、多様なレベルで提供してくれる、ドイツ・シューマッハーマイスターならではの優れた製靴技術者、﨑村正博氏との出会いがあったからに他なりません。

﨑村氏は、ドイツのシューマッハーマイスター養成学校で学び、マイスター資格を取得した数少ない日本人の一人ですが、帰国後、大手靴メーカーでの生産ラインの立ち上げ、技術指導という、マイスターにしかできない生産管理業務を経て、シューマッハーマイスターが経営する日本で唯一の製靴企業(有限会社マイスター)を設立しました。

この﨑村氏とマイスター社が、ショットの教えを日本で実現するための私たちの構想を理解し、全面的に協力してくれることによって、私たちの課題が達成されることになったのです。

今では、多様に開発された標準靴を、その機能性を熟知して常備している技術者が、それらを使って、顧客一人一人に対しての試し履き、仮合わせを行い、必要に応じて、微調整、微細な変更から、各種標準靴の機能の組み合わせ、さらには、大幅な型紙変更、等々、様々な製作方途を考察し、個々人のためのカスタマイズ専用靴」の製作指示を提示すれば、マイスター社の工房が、指示通りの木型変更、型紙変更、デザイン変更等々を行い、個別に製作する体制が整備されています。

もちろん指示通りに仕上がったカスタマイズ専用靴を、ショット由来の自らの整形外科靴技術で「カスタムメイドの靴」として完成させるのは、私たち一人一人の技術者であることは言うまでもありません。

私たちは、このような体制を構築することによって、日本の装具技術が想定する「靴型装具」とは異質ではあっても、医療・福祉現場で「足部・脚部の疾患の治療に役立ち、機能障がいを補う」という意味では同質の靴を、補装具製作基準における「靴型装具」に準拠する形で、それも、基準価格と乖離することなく提供できることになりました。

10年以上にわたって、このような「靴型装具」を提供し続けてきた私たちとしては、昨今話題となっている義肢装具士自身による補装具製作基準からの逸脱については、全く別世界のことであり、特に批評することでもありませんが、四半世紀も前に「靴型装具に関する問題性」を鋭く指摘した川村一郎氏の提言が、その後その世界の中で、どのように生かされてきているのかについては関心の残るところではあります。

私たちの「カスタムメイド靴」とは

私たちの事業は、「靴と西洋式歩行」の日本への普及のありようを原因とする、現代日本人の「足と靴の問題性」への対処として、カール=ハインツ・ショットから学んだ技術によって、日本人一人一人に「足の保健に役立つ靴」を提供することですから、事業の対象は、足・脚に障がい、疾患の有る無しに関わらず、また老若男女に関わらず、靴を必要とするすべての日本人です。

したがって、私たちの事業にとっては、靴を提供する人たちが、「障がい者」として公的に認定されているかどうか、また、医師が「罹患者」として認知しているかどうかということは、直接関係しません。

一人一人の足・脚の状態や立位、歩行の状態を前提に、「個々人の足の保健に最も適した靴」を提供するという意味では、「障がい」「疾患」があるかないかが問題なのではなく、一人一人の違いが問題であるにすぎません。

その上で、私たちの提供する靴が、顧客に支給されるべき「補装具」として行政に認められたり、また、顧客の主治医にとって治療に役立つ「治療材料」と認知されるとき、初めて、補装具判定に基づく指示や医師の製作処方指示を満たし、かつ補装具製作基準に準拠して製作される、「靴型装具」として提供されることになるのです。

しかし、私たちにとっては(顧客にとっても)、それらの「靴型装具」が顧客一人一人にとっての「足の保健に最も適した靴」として提供されていることはいうまでもないことなのです。

私たちが「靴型装具」として提供する靴が、補装具製作基準に準拠するものとして、顧客毎に個別に製作されることは当然のことですが、それは、私たちにとっては、補装具として、または治療用装具として提供されるかどうかに関わらず、必要に応じて、標準靴を基準に、それを修正して個別に製作して提供する「カスタムメイドの靴」の一つにすぎません。

その意味では、私たちにとっての課題は、ショットたちOSMがドイツで担っている仕事と同じものではありません。

彼らは、ドイツにおいては、自分たちの仕事が健常者の靴の提供業とは考えていません。

ショットが日本に来て驚いたような、「一般市民の足の異常」というような事態はドイツでは考えられないし、また、市民にとっての足の保健に役立つ靴は、日本に「ドイツ靴ブーム」をもたらしたような多様なコンフォートシューズとして市販されています。

彼らは、靴を「歩くための道具」として使い続けてきた伝統的な靴文化の中にあって、そこで供給される靴では対応できない特別の疾患や障がいに対処できる靴の提供が自分たちの仕事と考えています。

ところが、現代日本では、残念ながら、靴が「歩くための道具」として正しく認識されて生産・提供されることも、また、そのように認識されて使用されることも皆無ですから、結果として、ショットたちにとっては驚くべき「足のトラブルの国民病化」も顕在化してきたのです。

だから、私たちは、ショットから学んだ技術で、何よりも日本人一人一人に対して「足の保健に役立つ靴」を提供しなければならないと考えているのです。

その点から考えれば、私たちにとっての「カスタムメイド靴」は、ショットから学んだ技術の核心的な成果ではありますが、それは、多くのトラブルを抱えた日本人の中の、ごく一部の人たちの靴といっても良いものなのです。

つまり、足と靴と歩行に関しての正しい知識を身に付け、歩くための道具としての本来の機能を有した靴を履いていればトラブルを抱えることにはならなかったはずの多く方達のための靴とは考えていません。それは、そのような多くの日本人に特有のトラブルのために、「ドイツ健康靴」に代わるものとして私たちが開発した、日本人のための「足の保健靴」では対応できない、私たちの顧客の中のそう多くはない方達のための靴と考えています。

その「カスタムメイド靴」を、治療に役立てたい医師や、補装具として使用したい障がい認定を受けている方から提供を要請される時、健康保険制度や補装具制度での「治療材料としての治療用装具」や「補装具」として、制度に則って提供することになるということなのです。それが、装具提供を業とする義肢装具士が靴型装具を提供できないからなのかどうかは、私たちの関心の埒外のことです。

私たちの二つの仕事

私たちは、日本人一人一人に「足の保健に役立つ靴」を提供するという事業において、どちらの方が大切とは言えない、どちらも大切な二つの仕事があると考えています。

一つは、「日本人の足の健康のために、誰にでも履いてもらいたい靴」として、そのまま履くことのできる「足の保健靴」を、その正しい履き方、正しい歩き方の指導を含めて提供することです。

そのために、私たちは、輸入靴に依存せずに必要な靴がいつでも入手できる体制作りを、「ドイツ健康靴」に代わる「日本人のための健康靴」の開発から着手しました。

単に足の骨格、形状が異なるというだけではなく、すでに多くのトラブルを抱えた現代日本人にとっての健康靴が、ドイツ人のために開発された「ドイツ靴」と異なることは明らかでした。

それは、また、ほとんどの現代日本人が抱えている足のトラブルの予防と進行抑止、改善機能を備えた「現代日本人のための足の保健靴」の開発・生産でしたから、個人用にカスタマイズするための標準靴の開発とは違う仕事でした。

そして、この仕事は、ショットから学んだ「足と靴と歩行」に関する正しい知識を、「足の保健靴」の提供と同時に普及していくことができる啓発者の養成をも、併せて行わなければなりませんでした。

それは、いくら、足のトラブル解消に本当に効果のある靴ができても、その機能性が現代日本人に発揮されるためには、靴の供給と同時に正しい使い方の普及が必須だからなのです。

この「日本人のための足の保健靴」の供給と、「保健靴の正しい使い方」を指導できる啓発者の養成、このモノ作りとヒト作りによる、「足の健康のために、誰にでも履いてもらいたい足の保健靴」の普及活動が、ショットたちドイツ人マイスターにとっての仕事とは異った、私たちにとっては大切な一つの仕事なのです。

そしてもう一つの仕事が、この「足の保健靴」では対処できない、全体としてはごく少数ですが(ただ、多くの人たちが、トラブルを抱えながら、またそれを日々進行させながらも、とりあえず市販の靴で生活しているのに対して、このような人たちは、市販靴ではほとんど歩けないという意味では深刻であり、そのため)、多数の人たち以上に問題が顕在化している、このような人たちの足の保健に役立つ靴を提供することです。

これが、「靴型装具」として提供することもある、先に触れた、ショットから学んだ技術を駆使して、多様な悩みに個別具体的に対処できる「カスタムメイド靴」の提供ですが、それは、同時に、そのような靴を提供することができるショット由来の技術の継承、つまり新たな技術者の養成とも不可分離に進めていかなければならない仕事です。

私たちは、この二つの仕事を同時に進めることで、日本人一人一人に「足の保健に役立つ靴」を提供することができるものと考えていますが、どちらの仕事も、ショットの教えを日本の現実に即して具現化し、それを継承していく仕事として、そのために必要なモノ作りとヒト作りなしには不可能な事業なのです。

多くの人士の協力で実現した「足の保健靴」

私たちのモノ作りは、﨑村シューマッハーマイスターの協力を得ることによって大きく前進することになり、ショット由来の技術で個々人のために作製するカスタムメイド靴の提供は可能になりますが、「足の保健靴」の方は、実は、高度の製靴技術だけでは開発・生産できないのです。

つまり、整形外科靴技術に支えられて提供される「ドイツ健康靴」に代わる「足の保健靴」の開発・生産のためには、「ドイツ健康靴」に装着されているドイツ人のためのフットベッドに代わる、「日本人のためのフットベッド」の開発・生産が必須なのです。

カスタムメイド靴には、一人の顧客のために、個別の素材で個別の形状の、まさに靴の中で足を支える「足の寝台(フットベッド)」を作り付けることになりますが、「足の保健靴」には、個人用のカスタムメイド品ではない、しかし、整形外科靴技術にとっては不可欠なフットベッドが装着されなければならないのです。

それを、ショットから学んだ技術で日本人の標準的なフットベッドとして量産できて初めて、高度な技術で生産された靴を「日本人のための足の保健靴」にすることができるのです。

そして、カスタムメイド靴であれば、特定の顧客に対して、技術者が責任を持って提供できる製品になれば完成品と言えるのですが、「足の保健靴」は、一人のために作られる製品ではありませんから、多くの不特定多数の人たちの誰が履いても、日本人に多い足のトラブルに対しての予防、進行抑止、改善の可能性があることを、確かな根拠で検証できなければ、完成品とは言えません。

そのため、「足の保健靴」の完成は、多くの人たちの協力なしには不可能でした。

私たちが集積している多くの顧客データをベースに、ショットから学んだフットベットの構造に対応する、日本人の標準的な足の骨格を想定したフットベッドを設計することは、私たちの仕事ですが、それを、最適の素材で試作し、さらにその効果を実際に検証することは、私たちだけでできることではありません。

私たちが、幸運だったのは、それはショット自身の日本での10年に余る活動の成果でもあったのですが、NPO設立当初から、ショットの技術を評価し、それを日本に根付かせようとする私たちの活動を強力に後押ししてくださる人士が、少なからず存在していたということです。

ショットの技術をいち早く評価し、以前からショット自身を大学へ招聘して交流を結んでいた筑波大学の白木仁、下條仁士、足立和隆の3助教授(いずれも当時)が、フットベッドの設計時のアドバイスから、試作品に関する足底圧分散効果の検証、また、実際に履き続けることによる臨床的検証、さらには、素材の特質による靴内環境の検証に至るまで、継続的に担ってくださることになりました。

また、試作に関しては、東洋医学の経絡理論から足底への刺激効果を実現する靴の中敷を、日本の風土に適合した通気性良好な素材で開発・生産していた安部嵩氏が、私たちの事業を高く評価し、試作のみならず、生産、技術移転に至るまで、全面的にサポートしてくださいました。

そして、何より決定的だったのが、私たちの事業に着目した福岡県立大学生涯福祉研究センターの人士の活動でした。

日本における足のトラブルへの対応の現状に危機感を抱いていた、糖尿病専門医でもある名和田新・学長(当時)の積極的な意向も相俟って、福岡県立大学が、10余年にわたって、私たちの事業に積極的に関与し続けることになります。

神谷英二教授をプロジェクトリーダーに、学部横断事業として附属研究所に立ち上げられた「足と靴の問題性と福祉拡充に関する総合的研究プロジェクト」に、学内外の多くの福岡県内人士の力が結集され、私たちの二つの仕事が、靴総研独自の仕事としてではなく、福岡県立大学のプロジェクトの成果として、次々に現実化することになりました。

その中でも特筆すべきは、安部氏の協力によって、樹脂を使うことなくコルク粒100%を熱成形する韓国発の技術で試作・委託生産されていたフットベッドの国内生産が実現したことです。

プロジェクトに積極的に参加していた県内の福祉NPO「福祉でまちがよみがえる会」が中心になって、韓国からの技術移転による工場を大牟田市に設立し、「足の保健靴」に不可欠なフットベッドの国内量産化を実現することになりました。

そして、プロジェクトでは、日本人に特有の足のトラブルに対処できる多様な「足の保健靴」を、日本人の生活様式、労働内容等々を考慮して開発し、特に、筑波大学での検証を踏まえたフットベッドを装着した「足の保健靴」としての機能性についての検証が行われました。

検証では、靴そのものの機能性に加え、それを履いた正しい歩き方が、開張足の予防・改善に効果を持ちうるエビデンスまでが示され、「日本人のための保健靴」としての完成と同時に、その使用方法の啓発の必要性を確認することができました。(※)

こうして、私たちのモノ作りの仕事は、多くの心ある人たちの多大な協力によって、まさに、「日本人の足と靴の問題性」の克服を願う多くの人士の協働として、達成されることになりました。

福岡県立大学によるヒト作りと福岡からの発信

私たちは、ショットから学んだ技術の普及にとっての最重要課題として、技術者の養成を中心としたヒト作りの事業に、設立当初より取り組んできました。

しかし、その当初の構想と、ささやかな実践を、実際に成果を上げることのできる内容へと高め、実現したのも、実に、福岡県立大学のプロジェクトでした。

プロジェクトは、教育機関である大学として、私たちの構想したヒト作りを、大学が取り組むべきリカレント教育事業として主体的に位置付け、一般市民を対象とした「足と靴と歩行」の啓発講座や、「足の疾患と靴の問題性」に関する医療従事者対象の講座等を、学内教官等を講師に実施することになりました。

さらには、私たちがショットから学んだ技術を、実践的な「足と靴の相談技術」、「足の悩みへの靴による対処技術」、「標準靴のカスタマイズ技術」等々として整理し、要望に応じて開講してきました。

その結果、私たちの構想した仕事は、モノ作りだけではなく、それ以上にヒト作りに関しては、福岡県内において初めて系統的に実施されることになり、当然のこととしてその成果によって、福岡県が私たちの事業展開の拠点となってきました。

そして、大学のプロジェクトが終了した今日でも、それを引き継ぐ活動が、福岡の地で「足と靴の悩み」を解消することによる「福祉拡充の運動」として発展し続けています。

こうして、ショットから学んだ技術を日本に定着させることを目標に開始した靴総研の活動が、福岡に拠点を持つことによって、私たちが当初掲げた二つの課題の達成に加えて、さらに、日本人一人一人に「足の保健に役立つ靴」を提供するという、いわば私たちの最終目標への歩みとなって、前進し続けています。

沿革

2002

  • 3月にNPO法人の「設立趣旨」を公表し、設立に向け準備開始。
  • カール=ハインツ・ショットの技術を日本の制度の枠組みの中で活かすために、澤村誠志氏、黒田大治郎氏、西脇創一氏を講師に招き、日本における福祉をめぐる現状(特に補装具の制度等について、北欧の事情等との比較も含めて)を学ぶ。
  • ドイツ整形外科靴技術を、日本の制度との整合性を図りつつ、足部・脚部の障がい者、罹患者をも含めた「全ての日本人の足のための靴技術」として普及するための指針を作成。
  • 10月28日「特定非営利活動法人 カール=ハインツ・ショット 足と靴の科学研究所」として発足。(内閣府認証)

2003

  • ドイツ整形外科靴技術を「日本人の足のための技術」として普及するための第一歩として「日本人用の標準的なフットベッド」の開発に着手。
  • 開発過程で、筑波大学の白木仁、足立和隆両助教授(当時)、下條仁士医学博士(同元助教授・下條整形外科院長)の協力を得る。

2004

  • カール=ハインツ・ショットの頻繁な来日が困難となり、名称変更を伴う組織再編を行なう。(東京都認証)
  • 安部嵩氏の協力を得て、日本人の標準的な足の骨格に対応したアーチ・サポートを備えた「日本人用標準フットベッド」を製品化。
  • 福岡県立大学(田川市)生涯福祉研究センターの依頼により、講師派遣。

2005

  • 「日本人用標準フットベッド」に関して、立位時、歩行時の足底圧の分散効果等の足痛を予防・緩和する機能性が、白木仁、足立和隆両助教授(当時)によって学術的に検証される。また、外反母趾、開張足等に対する予防効果、改善機能が、下條仁士院長によって臨床的に検証される。
  • 福岡県立大学生涯福祉研究センターの「福祉のまちづくり基本構想(福祉用具の里構想)」に協力
  • 有限会社マイスターの﨑村正博社長(ドイツ・シューマッハーマイスター)の協力を得て、ドイツ輸入靴に代わる多様な保健・福祉・医療用の靴の開発に着手。

2006

  • 「日本人用標準フットベッド」に関して、通気性、吸湿性により靴内環境を良好に保つ機能性が、足立和隆助教授(当時)によって学術的に検証される。

2007

  • 福岡県立大学付属研究所生涯福祉研究センターの「足と靴の問題性と福祉拡充に関する総合的研究プロジェクト」に参画し、 日本人の「足と靴」の問題性の解明から足部・脚部の疾患・障がいへの対処に至るまでの「足、歩行、履物」に着目した総合的な福祉拡充のための共同研究を開始(2016年のプロジェクト終了までの10年間に、保健靴、子供靴の開発とその効果の検証、「日本人の足と靴の問題」へ対処できる人材育成、さらに「足と靴の相談室」の運営協力等、多くの共同活動を行う)。
  • 福岡県立大学生涯福祉研究センター主催の「足と靴の相談技術者養成講座」開催に協力。以後、福岡県立大学との共同事業として、カール=ハインツ・ショットから学んだ技術の継承者の養成を開始。

2008

  • メディカルタイプ標準靴を製品化。
  • 福岡県立大学での整形外科医と連携した「足と靴の相談室」開設に伴い、患者への靴型装具等の提供に協力開始(プロジェクト終了後も2019年3月閉室まで継続)。
  • NPO法人福祉でまちがよみがえる会(大牟田市)主催、福岡県立大学出前講座「足の健康講座」「足と靴の相談技術者養成講座」に協力。以後2012年まで、それらの講座に加え「加工技術者養成講座」等の多様な講座の実施に協力。
  • 福祉でまちがよみがえる会が大牟田市内に開設し、新規会員技術者が担う「足と靴の相談室」の事業開始に協力。
  • 製品化される多様な靴の継続的な開発・生産と会員技術者への供給を行うための事業体を、福岡県立大学関係者、有限会社マイスター、福祉でまちがよみがえる会等の福岡県内の人士の協力を得て、合同会社AMSTW(福祉の靴技術社)として設立。

2009

  • 「日本人用標準フットベッド」を「Anatomical Fußbett」の商標で本格生産開始(韓国企業への委託生産)。
  • 福岡県立大学付属研究所主催「第1回 足の健康講座」の開催に協力(以後、プロジェクト終了まで計7回毎年協力)。
  • メディカルタイプ標準靴の多様な製品化による「カスタマイズ専用靴」の供給体制の整備に着手。
  • 「日本人の足と歩行の特殊性」に対応した「日本人のための歩行具としての靴」=「足の保健靴」の製品化。

2010

  • 福岡県立大学のプロジェクトにおいて、メディカル仕様の「足の保健靴」(FPU靴=AMS)の開張足に対する予防・改善効果を学術的に検証
  • 福岡県立大学のプロジェクトでの「子供の足の成長に適した本来の子供靴」の開発に参加。「子供靴用標準フットベッド」開発着手。
  • 標準フットベッドを国産化するための事業体(株式会社O.A.S.)の設立に協力。
  • 福祉でまちがよみがえる会主催の福岡県立大学出前講座として「加工技術養成講座」を開催するための機械設備導入に協力。(2011年以降、相談技術に加え、フットベッド等の加工技術の養成講座が継続して開催される。)

2011

  • 子供用標準フットベッド(ベビー用とキッズ用の2種)完成。引き続き、子供靴開発に着手。
  • 多様なフットベッドの国内生産開始
  • 保健・医療・福祉専門職対象の「足と靴についての啓発力養成講座」として開催された、福岡県立大学「第3回 足の健康講座」に協力。(以後、2014年まで、毎年、保健・医療・福祉専門職対象の講座として開催される。)
  • 大牟田市立病院の医師からの講演依頼により、福岡県立大学と協力して「治療としての靴の効用」の演題での講師を派遣。

2012

  • 手縫い底付け製法の「足の保健靴」を「AFW・coupen」の商標で本格的に生産開始。
  • 福岡県立大学のプロジェクトにおいて、子供用フットベッドの外反扁平足等への対処機能等を検証。
  • 福祉でまちがよみがえる会が主催する「足と靴の相談・販売技術者養成講座」への協力(以後、2018年まで継続)。

2013

  • 「子供の足の成長に適した本来の子供靴」完成。機能性の検証に着手。
  • スニーカータイプ(13.0-21.5)、革靴タイプ(11.0-21.5)の2種類の子供靴の製品化。
  • メディカル仕様のスニーカータイプの「足の保健靴」完成。
  • 大牟田市近郊の医療従事者からの要請により、福祉でまちがよみがえる会が「医療専門職対象の足と靴の相談技術者養成講座」を開催することになり、福岡県立大学プロジェクトとともに協力。

2014

  • 2種類の「足の保健靴」(AFW / AMS)および「カスタマイズ専用靴」の会員技術者への供給体制確立。
  • 大牟田市での「足の保健活動の定着」を踏まえ、初めて学外(大牟田市)で開催することになった福岡県立大学「第6回 足の健康講座」に協力。大牟田市周辺地域から保健・医療・福祉専門職従事者が多数参加。

2015

  • 福岡県立大学プロジェクト最終年度事業に協力。子供靴の検証結果を日本子ども学会第12回子ども学会議にて報告。「第7回 足の健康講座」を、最終回にあたり一般市民向け啓発講座として福岡市内にて開催。(2016年3月末プロジェクト終了)。

2016

  • 福岡県立大学プロジェクトの「足の健康講座」を引き継いだ、福祉でまちがよみがえる会主催の「足と靴の啓発講座」に協力(以後、継続中)。
  • 福祉でまちがよみがえる会主催の「足と靴の相談・販売技術者養成講座」修了者の自主的研修への協力の開始(以後、継続中)。

2017

  • 九州沖縄形成外科学会学術集会の依頼により、講師派遣。

2018

  • 「日本人の足と靴の問題性」への対処に本格的に取り組むために、合同会社AMSTWの「足の保健靴」の販売拡大に着手。
  • 義肢装具業界による「靴型装具」の療養費請求の不適切問題に関連して、「日本における足部・脚部の障がい、疾患への靴による対処の現状」について見解を表明。
  • 福岡県立大学「足と靴の相談室」最終年度にあたり15年に及ぶ福岡県立大学への協力を終了(2019年3月末)。

2019

  • 前年度に表面化した「治療用装具の療養費を巡る混乱」が、厚労省の不適切な対応に加え、一部保険者による主体的判断を回避した対応によって、一挙に全国化し、関係会員による被保険者の権利を守るための諸活動が活発化。
  • 上記の問題と関連して、厚労省の「治療用装具」に関する保険局の不手際だけではなく、障害保健福祉部の補装具制度に関する10年前の不見識な事務連絡(補装具関連Q&A)の内容が表面化し、補装具費支給事務にも混乱が拡大したため、「厚労省『補装具関連Q&A』の問題点」を公表
  • 上記の問題の本質が「医師や患者のニーズに合った靴型装具が提供されるチャンスはむしろ稀である」という、義肢装具士法制定当時の関係者にとっては「常識」であった靴型装具の実態が、30年経っても何ら改善されていないという多くの医療現場の現実にあることから、前年度の「見解」の表明に続き、研究所としての15年の成果の前面化を、新たな活動方針として確認。

2020

  • 「治療用装具の療養費を巡る混乱」は、国会での問答によって新たな局面に入り、問題自体の本質(厚労省通知の不適切な記述)が露呈してきたこともあり、新たに不適切な対応を行う保険者はいなくなるも、先に主体性なく違法な判断をしてしまった一部の保険者が開き直り続けているため、やむなく被保険者による訴訟が準備されることになる。
  • 関係会員の精力的な活動と並行して、研究所としては、独自に厚労省に対して正式の質問書を提出。それへの回答は、自らの主張の矛盾を露呈させる粗雑なもので、再質問が必要な内容でもないことから、問題の実態の周知のため、「問答文」に「回答への批判」を付した文書を各方面に公表。
  • 福岡県立大学との共同事業の成果を引き継ぎ、整形外科靴技術の普及活動を新たに開始するための準備に着手。

2021

  • 「治療用装具の療養費を巡る混乱」は、義肢装具士が製靴技術を有していないだけではなく、資格自体が義肢装具製作技術保持者としての認定資格ではないことが保険者にも理解され始め、不適切な記述の非を認めることができない厚労省と、没主体的に違法な判断をしてしまった一部の保険者のみが開き直りを続ける不毛な状況の中で、被保険者の訴訟が本格化。
  • 2019年に表面化していた「補装具関連Q&A問題」は、2020年春の国会での問答の中で、保険局の失態を隠蔽するための医政局による義肢装具士法の「解説」が、皮肉なことに「Q&A」の記述の不当性を確定させたため、それを受けた障害保健福祉部による「改正」事務連絡によって基本的に解決していたが、都議会議員の質問に対する東京都の回答文に、「改正Q&A」の不備を示す見解が示されたため、改めて、「『補装具関連Q&A』に関して」を公表
    合わせて、18年公表の「治療用装具問題に関する靴総研の見解」(「日本おける足部・脚部の障がい、疾患への靴による対処の現状」)を改訂する。
  • 福祉で街がよみがえる会との共同事業として、靴型装具の悩み相談室・福岡」の開設。医療・福祉現場での「靴型装具による悩み」を拾い上げ、現実的な対処を通して整形外科靴技術の普及を目指す活動を開始。

2022

  • ドイツ健康靴ブームが去って久しく、また、輸入健康靴自体の品質低下も著しく、「足と靴の問題性」が20数年前へ逆戻りしたような状況の中で、折からの感染症禍による需要激減とも表裏をなすように、靴に対しても「量よりも質」「価格よりも品質」という「本物志向」からの確実な需要が顕在化してきたため、「保健靴」「カスタマイズ専用靴」の恒常的生産体制構築へ着手。
  • 「靴型装具」を巡っては、それぞれの会員が、従来通り、保険医、障害者の要請に応じて、「治療用装具」「補装具」としての提供を続けているが、保険者による違法な「療養費不支給」に関しては、被保険者患者の裁判闘争への支援を継続している。
     他方、「治療用装具の療養費不支給」問題の発端となった、義肢装具士、保険医両者による、特に「既製品の治療用装具」に関する「不適切行為」への保険者からの糾弾を受けた厚労省の対応が、保険医療制度の原則を踏み外しかねない危うさをもって推移していることから、改めて保険医療に固有の「治療用装具」なるものが何であるのかを明示することとし、理事会として「治療用装具なるもの」に関しての歴史的考察をまとめ、「『治療用装具』なるものの問題性に関して」として公表。
NPO法人 靴総合技術研究所